わたしらしく、暮らせるまち。
2017年11月27日

としまぐらし会議第1回 Kick Off <プレゼンター4名のトーク>

竹沢徳剛さん「私の未来スコープ:長屋」

生まれ育ったまちで、周りのひとたちとコミュニケーションをとりながら、“消滅可能性都市”と呼ばれた豊島区とそこに暮らすひとに火をつけたい!

巣鴨出身。仰高小卒。東日本大震災を機に多様性のある新しい共同体の必要性を感じ、米国から帰国し、41室のシェアハウスRZP巣鴨を開設。RZP大塚では子育てと仕事を両立させる託児所付きシェアオフィスを運営中。

「僕の運営する『RYOZAN PARK』は、生活や仕事だけでなく、そこを利用するひとたちのアイディアや文化、言語、友情までをもシェアする場です。現在、巣鴨と大塚を合わせると、250名ほどの利用者がいます。『RYOZAN PARK』をつくるきっかけとなったのは、東日本大震災。当時ワシントンD.C.で働いていた僕は、日本のためになにかしたいと現地でNPOをつくるなどの活動を行いました。それを手伝ってくれた在日韓国人やアメリカと日本のハーフの学生たちが、『いまこそ祖国のために』と活動している姿に心を打たれ、これからの日本を、多様性を認める社会にしたいと考えるようになったんです。日本に戻り、多様性を認める場所としてシェアハウスをはじめたのは、そのため。生まれ育った巣鴨にあるオフィスビルをリノベーションして、そこに大きな“家族”をつくりました。“家族”と過ごすうち、彼らの夢や興味が気になってきた僕は、『いいじゃん、それ!一緒に実現しようぜ!』って、そんな風に、いろんなひとを巻き込むようになっていきました。だから、有形無形問わず、経験や感情をみんなでシェアしていくのが、『RYOZAN PARK』の特徴。たとえば、利用者同士で結婚して子どもが生まれることも多いんですが、そんなときは、子育ての喜びもみんなでシェアする。大塚には、子ども同伴で利用できるシェアオフィスもあって、子どもの成長をそばで見ながら働ける環境をつくっています。また、周りの利用者の働き方を見たお母さんが、『こういう働き方をしたい』と会社を説得し、リモートで働くようになったという例もあります。そのように自分の生き方を主体的に決められるひとたちを、とにかく応援したいんです。

『なにからはじめたらいいか、わからない』っていうひとは、まず、バーベキューをやってみることじゃないかなぁ!バーベキューって、いろんなことを勉強できますよ。半径30センチメートルにいるひとを巻き込む練習からはじめてみるのがいいかもしれない。これから豊島区でやりたいのは、『うまい肉をゲットしたら、みんなで焼いて、シェアする』こと!(笑)喜びや楽しさをみんなで共有すれば、その価値は十倍、二十倍に膨れ上がる。反対に、悲しいことや辛いことだって、百分の一、千分の一で済むと思うんですよ。『RYOZAN PARK』を6年間運営しながら、日々そんなことを実感しています。『港区や渋谷区じゃないと、できない』じゃなく、『打倒!渋谷区!』って、豊島区をいちばんイケてるまちにしましょう!」


藤岡聡子さん「私の未来スコープ:まだまだいけるよ!我が豊島区!」

“なにをするか”より、“だれとするか”が重要。小さくても一歩を踏み出せば、ひとがひとを呼び、追い風になるはず。

1985年徳島県生まれ三重県育ち。24才で介護ベンチャー・老人ホーム立ち上げを経験後、2度の出産を経てデンマークへ留学。帰国後、福祉の再構築をミッションに起業。現在、椎名町にて世代・福祉の出会う場「長崎二丁目家庭科室」運営。

「現在わたしは、習いごとスペースとセルフカフェから成る『長崎二丁目家庭科室』を運営しています。福祉と世代の出会いが生まれる場所として、椎名町にある『シーナと一平』の一階部分を間借りして。以前は、大阪で住宅型の有料老人ホームを運営するという介護ベンチャーを行っていました。それは、45歳だった父の死に立ち会ったことがきっかけでした。『社会のなかでの役割について、父が適切な環境のなかでだれかともっと語り合えたらよかったのに……』という想いから、歳を重ねたひとが、社会のなかで孤立せず社会的な役割を持つことのできる環境をつくろうと考えたんです。その後子どもを授かり、夫のいる東京に移ってからは、子どもも巻き込みながら新しいことに挑戦しようと考えるようになりました。子育て世代が多世代から学べるような場所をつくろうと『長崎二丁目家庭科室』を開いたのは、その頃です。活動内容としては、編み物教室や郷土料理教室、洋服のリメイクのレッスンや、訪問看護師さんによる整体、認知症サポーターの養成など、さまざま。まちに長く住むひとの暮らしのなかでの“得意”を、家庭科に通づる“習いごと”として多世代に伝えています。

いまでは、毎月100名を越える方々がいらっしゃるようになりました。わたしたちの活動を見た豊島区の外のひとから、『自分が暮らす地域にも、同じような場所をつくりたい』というような声を頂くことも増えてきて。『長崎二丁目家庭科室』がそんな風に、福祉・介護の現場にとって、自分たちの持つリソースをどういった文脈で地域に開いていけばいいかの具体例になったらいいですね。『長崎二丁目家庭科室』を通じて、これまでなかったひとの流れや、年齢に関係のない社会的な役割を生み出し続けられれば、と考えています」


栗林知絵子さん「私の未来スコープ:おせっかい」

地域のことを“じぶんごと”にすれば、これまで出会えなかったまちのひとと出会え、想いを知ることができるはず。

NPO法人豊島子どもWAKUWAKUネットワーク 理事長。地域の子どもを地域で見守り育てることをコンセプトにNPOを設立。全国に先駆けて「要町あさやけ子ども食堂」を立ち上げた他、「池袋本町プレーパーク」「無料学習支援」等を展開。

「豊島区のいろんなところに子どもたちのための場所があればいいな、と思って活動しています。わたしは、地方から東京にやってきてからずっと豊島区に住んでいます。巣鴨に一人暮らしをしていた8年間のOL時代には“地域”を感じたことがありませんでしたが、子どもを産んで地域とつながっていくと、『公園も狭く少ないないまちで、どうやって子どもを育てればいいんだろう……』と、まちの問題に気づきはじめたんです。豊島区が2004年につくった『プレーパーク』という外遊びの場所に関わるようになったのは、それから。そこでは、いろんな子どもたちに出会うなかで、貧困という問題を目の当たりにしました。前の日からご飯を食べていない子、最近まで車のなかで暮らしていたという子……。そんななか、ある子どもの『勉強がわからない』という言葉から、自宅で無料塾を開くことにしたんです。その後、いつも独りでコンビニのお弁当を食べているといった子どもたちのために、『こども食堂』をスタート。そんな風に、子どもたちの“困りごと”をつぶさにキャッチして、地域住民と一緒にその子に必要な場所をつくっていきながら、いまに至ります。

活動が広がっていくなか、『自分の暮らす地域にもそういう場所があったらいいな』と、同じような取り組みをおこなうひとたちも徐々に増えてきました。また、豊島区の子ども課と一緒に『こども食堂』のマップづくりをおこなうなど、行政ともパートナーシップを組みはじめています。豊島区がどんな場所になってほしいか、というと『子どもが安心して“くう ねる 遊べる(学べる)”まち』ですね。『こども食堂』も、いまでは全国500箇所ほどに広がっています。ゆくゆくは、子どものためだけの特別な場所ではなく、地域のあらゆるひとが集まる食堂にしていきたい。『すべての子どもの最善の利益が考慮され、家庭や地域のなかで子どもが成長し子育てに伴う喜びが実感できるまちづくり』。豊島区子ども・子育て支援事業計画における『豊島区子どもプラン』は、そのように括られています。困難を抱えた子どもを真ん中に、ひと・もの・お金・企業のつながりをつくっていきましょう」


青木純さん「私の未来スコープ:豊かな公共が広がるまち」

公共空間を市民のリビングのようにどんどん活用することで、区民がのびのびと暮らせる、いつまでも心象に残るようなまちづくりを。

豊島区出身。「としま会議」発起人。区内に飲食店「都電テーブル」を2運営。豊島区のリノベーションまちづくりを牽引し、構想の策定や「グリーン大通り等賑わい創出事業」に取組み、民間主導の公民連携を実践。2017年11月18、19日開催IkebukuroLivingLoopを企画運営。

「東池袋に生まれ、東池袋で育ち、6年前に祖父の代から続く大家業を継ぎました。継いだはいいものの、住人と大家との希薄な関係性と賃貸物件の“つまらなさ”に疑問を抱くようになり、『入居する際に、壁紙を自由に貼り替えられるサービス』をはじめたんです。壁紙選びをきっかけに積極的に入居希望者とコミュニケーションを取るうちに、住人との交流が生まれ、次第に住人同士での交流も生まれるように。そこにひとつのコミュニティーが生まれたんです。その経験を活かしてはじめたのが、『青豆ハウス』という共同住宅。竹沢さんの『RYOZAN PARK』と同じように、結婚式や子育ても、みんなで共有するような場所です。正直、それまで豊島区というまちに愛着を持っていませんでしたが、住人に子どもが生まれ、家族が育っていく姿をそばで眺めていると、不思議と『このひとたちが喜ぶ場所をつくりたい』と思うようになりました。

2016年からは、『豊島区リノベーションまちづくり構想』に基づき、子どもたちにまちを住みよく引き継ぐため、リノベーションを通したまちづくりを行うようになりました。子どもが安心して遊べる場所が少ない、空き家となっているのはワンルームアパートばかりで家族が暮らす場所がない、働く場所が少ない、子どもたちがまちへの愛着をもっていない、など課題は山積していました。それでも、隣接したワンルームをくっつけて二戸一化したり、南池袋公園のオープニングを手伝ったり、椎名町で子ども向けのキッズリノベーションスクールを開催したりと、ひとつずつ向き合ってきました。その後2017年には、『日常を、劇場に』というマニュフェストを掲げ、『株式会社nest』を立ち上げました。”ハッピーハプニング”を感じられるコンテンツを公園やストリートといった公共空間で実現することで、池袋を、子どもたちが『いつか帰ってきたい』と思えるようなまちに育てようと考えています。たとえば『nest Wedding』では、公共の場所での結婚式をプロデュース。非日常と日常の境目がない景色を、きっと子どもたちが忘れることはないでしょう。『nest CINEMA』では、公共の場所で映画を上映します。夜の公園で雨に打たれながら感じたワクワクを、子どもたちはいつまでも覚えているでしょう。子どもたちが、池袋を“そういう場所”だと覚えていられるまちにするため、公共空間を豊かにし、子どもたちの“巣”を育てていきましょう」

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